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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)5515号 判決 1989年7月11日

主文

一  被告は、原告に対し、金二七二万七七九〇円及びこれに対する昭和六三年五月一四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、五七一万〇七九〇円及びこれに対する昭和六三年五月一四日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

日時 昭和六三年二月三日午前九時二五分ごろ

場所 東京都世田谷区玉川台一-一七先交差点(以下「本件交差点」という。)

加害車 普通貨物自動車

右運転者 訴外渡辺明宏(以下「訴外渡辺」という。)

被害車 普通乗用自動車(ポルシェ九二八S四、品川三三ま七九四)(以下「本件自動車」という。)

右所有者 原告

事故の態様 訴外渡辺が加害車を運転し、本件交差点を左折しようとした際、右方から進行してきた他車との衝突を避けようとして、左に転把したことから加害車の左側面と本件自動車の右側前面が接触した。

以下右事故を「本件事故」という。

2  責任原因

訴外渡辺は、本件交差点を左折するに当たり、自車の左隣の最も歩道寄りの車線に本件自動車が同様に左折するために停車していたのであるから、道路、交通などの状況に応じて加害車のハンドル、ブレーキ等を適切に操作し、本件自動車に危害を及ぼさないような速度、方法で運転し、本件自動車と接触しないようにすべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、右方から進行してきた車両との衝突を回避することに気を奪われ、漫然と左に転把したため本件事故を惹起した。

被告は、貨物自動車運送業を営むものであり、本件事故当時被用者たる訴外渡辺をしてその事業を行うために加害車を運転させていたものであるから、民法七一五条一項本文に基づき、原告が本件事故により被った後記損害を賠償すべき責任がある。

3  損害

原告は、本件事故により、次の損害を被った。

(一) 修理費用

一九一万〇七九〇円

(1) 本件自動車が本件事故により損傷を被ったので、原告は訴外三和自動車株式会社(以下「訴外三和自動車」という。)に対し、その修理を依頼し、別紙修理内容一覧表(以下「本件別表」という。)のとおりの修理を受け、修理費用として合計一九一万〇七九〇円を支払い同額の損害を被った。

(2) 本件事故により、加害車のバッテリーが破損し、その中のバッテリー液が本件自動車の広範な部分に飛散付着したこと、本件自動車はドイツ連邦共和国(以下「西ドイツ」という。)において製造された車両であるところ、同国において施された本件自動車の塗装の焼付け温度が日本で塗装をする場合と異なっているため、本件自動車につき部分塗装による修理をしたとすれば後日色むらの生ずることが避けられないこと等の事情があったから、本件自動車の修理に伴う塗装については全部塗装が必要とされたものである。

右のことはバンパーの修理についても同様であり、交換による修理の必要があったものである。

タイヤについては、本件自動車のように高速で走行することに供される自動車にとっては、磨耗の程度が車輪全部について等しいことが重要であるから、本件事故により損傷を受けた車輪が一本に過ぎなくとも四本全部の交換が必要であったものである。

(二) 代車費用

三八〇万〇〇〇〇円

(1) 原告は、本件事故の日である昭和六三年二月三日から本件自動車の修理が完了した同年三月一一日までの三八日間、本件自動車と同形式の車種であるポルシェ九一一ターボを賃借し、一日当たり一〇万円合計三八〇万円の賃料を支払い、同額の損害を被った。

(2) 原告は、不動産の売買及び管理業務を中心とする会社であって経済的信用が重要であり、本件自動車のような高級車を業務の執行に用いているということが顧客等から信用を得ることにつながるため、本件自動車の修理期間中に使用する代車も本件自動車と同程度の高級車が必要となる。特に、原告代表者はポルシェオーナーズクラブの会員であり、原告に不動産の売買又は管理を委託する顧客の多くは右クラブの会員でもあるから、原告には代車としてポルシェを使用しなければならない特段の事情があったというべきである。

4  よって、原告は被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、右損害金合計五七一万〇七九〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年五月一四日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3(一)の事実のうち、本件別表の作業内容<1>、<3>ないし<5>、<13>、<14>、<17>および<18>の各作業並びに使用部品<1>ないし<3>の各部品及び<4>のうちタイヤ一本の交換がそれぞれ必要であったこと及び作業内容<15>の作業について二二万円を要することは認めるが、その余は否認する。

原告は本件自動車について全塗装が必要であったとしてその費用を損害として計上している(作業内容<15>)が、本件事故の態様からすれば本件自動車にバッテリー液が飛散した範囲はフロントガラスよりも前の部分に限られるのであり、また、西ドイツのポルシェの製造会社から補修用塗料として調色の方法まで整備された塗料が供給され、補修塗装について万全の対応がなされていることに鑑みれば、塗装は損傷を受けた部分についてすることで足りるのである。したがって、作業内容<15>の金額のうちフロントガラスよりも前の部分に対する部分塗装に要する費用二二万円を超える部分は本件事故とは相当因果関係を欠き、また、作業内容<6>ないし<12>の各作業及び使用部品<5>ないし<10>の各部品は、いずれも全塗装を行うために必要とされた作業及び部品であるから、このための費用も本件事故と相当因果関係がないものというべきである。

フロントバンパーも部分塗装により十分修理復元が可能であったから交換の必要はなく、したがって使用部品<11>の費用は本件事故に対する修理において必要性は認められない。

タイヤについては右側前輪タイヤ一本に損傷が生じたにすぎず、仮に原告の主張するように磨耗の程度を均等にする必要があったとしても、交換したタイヤのトレッド部を研磨することで十分対応できるのであるから、タイヤ一本の交換費用(七万八五〇〇円)のみが本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

3  請求原因3(二)の事実については、本件自動車が従来から原告代表者個人の自家用自動車として使用されていたという実態からすれば、原告が本件自動車の修理期間中代車を使用しなければならないという特段の必要性があったとはいえない。仮に、代車を使用するとしてもポルシェ九一一ターボという特殊なスポーツカータイプの外国車を会社の業務遂行に際して必要とするような事情はなく、通常の国産普通乗用車の使用料(一月当たり一万五〇〇〇円)が本件事故と相当因果関係のある損害というべきであり、代車の使用期間についても前述のとおり本件事故に基づく修理においては全塗装は必要でなく部分塗装で足りるのであるから、修理相当期間は多くて二〇日間に限られ、代車の使用もこの期間に関してのみ認められるべきであり、合計三〇万円が本件事故に基づく損害として認められる範囲である。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は原告に対し、本件事故により原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

二  そこで、損害の点について検討する。

1  自動車修理関係について

(一)  <証拠>によれば、原告は昭和六三年二月三日の本件事故直後に訴外三和自動車に本件自動車の修理を依頼したこと、同年三月一一日に右修理が完成したこと、右修理の内容及びその費用は本件別表のとおりであることが認められる。

本件事故により生じた本件自動車の損傷についての修理として、本件別表作業内容<1>、<3>ないし<5>、<13>、<14>、<17>及び<18>の各作業が必要であり、そのための使用部品としては使用部品<1>、<2>及び<3>並びに<4>タイヤのうち前輪のタイヤ一本が必要であったことは当事者間に争いがない。

(二)  全塗装について

(1) <証拠>によれば、本件事故により加害車の左側面に取りつけられていたバッテリーが破損してその中のバッテリー液が飛散したため、本件自動車はフロントバンパーやフロントフードの右側部分のみでなく、左フロントフェンダー及びフロントガラス右側モールなど広範囲にわたってバッテリー液により汚損されたこと、左フロントフェンダー及びフロントガラス右側モール部分の汚損は本件事故後塗装作業に入った段階で始めて発見されたものであること、このように本件自動車のバッテリー液で汚損された範囲は本件自動車についての修理費用の見積りの時点においては明確にできなかったことが認められる。

(2) 他方、<証拠>によれば、自動車の塗装には、車体の保護、美観及び商品性の各向上等の目的があること、本件自動車につき、そのフロントガラスから前側部分のみの塗装に要する費用は二二万円であること、本件事故により生じた本件自動車の損傷の修理における塗装については、西ドイツの本件自動車製造会社が、自動車の塗膜に傷の付いた場合に備えて新車の塗装工程で使用する塗料と同等の性能を有する補修用塗料が供給していることから部分塗装によっても十分に修理が可能であり、また、元の塗装材料などに対応して様々な補修塗装の方法があること、の各事実が認められる。

(3) しかしながら、(1)で認定した事実によれば、本件事故によってバッテリー液が本件自動車の広範囲な部位にわたって飛散し、バッテリー液による塗装と下地の腐食を防ぐために補修塗装の必要があったにもかかわらず、どの範囲でバッテリー液が飛散したのか明確でなかったというのであるから、原告が、車体の保護等のため本件自動車に対する修理方法として全塗装を選択したことには合理性があるものというべきであり、原告が全塗装に要した費用五四万八〇〇〇円は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。更に、弁論の全趣旨によれば、本件別表のうち作業内容<6>ないし<12>の各作業及び使用部品<5>ないし<10>の各部品は全塗装の作業に伴って必要であったと認めることができるから、その費用合計二四万六一九〇円も本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(三)  フロントバンパーの交換について

原告はフロントバンパーの交換が必要であった旨主張し、原告代表者本人尋問の結果には右主張に沿う部分があるが、本件事故の直後に本件自動車を撮影した写真であることにつき争いのない乙第一号証の五ないし一五によると、フロントバンパーの破損箇所や態様等は明らかでなく、原告代表者も本人尋問においてこれを指摘することはできないことからすれば、同尋問結果中の前記部分はたやすく措信することはできず、他に本件自動車のバンパーが交換を要する程度に破損、汚損したと認めるに足りる証拠はない。したがって、本件事故に基づく本件自動車の修理において交換部品としてフロントバンパーライニング及びフロントバンパー内に組み込まれているランプが必要であったと認めることはできず、作業内容中のフロントバンパー修正についてもその必要性は認めることはできない。

(四)  タイヤの交換について

原告は、本件事故により損傷を受けた本件自動車の右前輪タイヤのほか他のタイヤ全部の交換も必要であった旨主張し、前掲乙第二号証、原告代表者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、本件自動車は昭和六二年七月一〇日に登録して以来本件事故までの八月間に約一万二〇〇〇キロメートル走行していたこと、原告代表者は本件自動車による高速走行をしばしば楽しんでいたこと、タイヤの磨耗の程度が各タイヤで異なるときはバランスが崩れ、振動やハンドルのぶれ等が生じうること、右のような現象は高速走行において発生しやすいこと等の各事実が認められる。

しかしながら、本件自動車を本件事故当時の走行状態に回復するためには、全てのタイヤを交換しなくとも、その右前輪タイヤを本件事故当時の状態のものと交換することによって達せられることは明らかであり、そのためには右前輪タイヤの交換とこれを本件事故当時の状態にすることで足りたものというべきところ、前掲乙第一号証の四及び弁論の全趣旨によれば本件自動車の右前輪タイヤを交換するための費用は七万八五〇〇円を上廻るものではないと認められるが、タイヤを本件事故当時の状態にするための費用については本件全証拠をもってしてもこれを認めるに足りない。

(五)  また、弁論の全趣旨によれば、本件事故により本件自動車に生じた損傷についての既に認定した修理に伴い、本件自動車の清掃などが必要であったことが認められるから、作業内容<16>の作業のための費用は本件事故と相当因果関係のある損害というべきである。

(六)  以上によれば、本件事故により本件自動車に生じた損傷についての修理に関する原告の損害のうち本件事故と相当因果関係があるのは、本件別表のうち作業内容欄の<2>を除くその余の作業、使用部品の<1>、<2>、<3>、<5>、<6>、<7>、<8>、<9>、<10>の各部品及びタイヤ一本に関する費用合計額一三五万〇七九〇円である。

2  代車費用について

<証拠>によれば、原告は、本件自動車を訴外三和自動車に修理に出していた期間中、その業務遂行のために代車を利用する必要があったことから、先に認定した全塗装を含めた修理期間である昭和六三年二月三日より同年三月一一日までの三八日間につき、訴外メゾンドール管財株式会社から本件自動車と同タイプのポルシェ九一一ターボを賃料一日当たり一〇万円の約定で借り受け、右訴外株式会社に対して賃料合計三八〇万円の支払いをした事実を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

ところで、事故により損傷を受けた自動車(以下「被害車両」という。)の所有者が、その修理のために必要な期間中、他から自動車(以下「代車」という。)を賃借して支払った賃料につき、加害車に対し、右事故と相当因果関係がある損害として賠償を求めうる範囲は、自動車の所有又は利用の状態が多様であることを考慮すると、事故前における被害者の被害車両の利用目的及び利用状況、被害車両を修理するために必要な期間、その期間中の被害者の代車使用の必要性、被害車両と代車との各車格等を斟酌して定めるべきであると解するのが相当である。

本件において、原告代表者本人尋問の結果によると、原告の業務は不動産の管理及び売買であり、原告は右業務遂行のために本件自動車を使用していたものであること、原告代表者は右ポルシェオーナーズクラブの会員であり、同クラブの会員が原告の顧客とつながりがあること、原告代表者はしばしば本件自動車による高速走行を楽しんでいたこと等の事実を認めることができるが、原告の右業務それ自体は、本件自動車の右修理期間中においても本件自動車と同車格の車両を代車として利用することが必要なものであるとはいえず、また、前記の僅か三八日の本件自動車の修理期間中であっても原告代表者がポルシェを使用しなかったとすれば、原告代表者がポルシェオーナーズクラブの会員たる資格を喪失しあるいは原告が不動産取引上の信用を失うに至るおそれがあった等の事実は本件全証拠をもってしても認めるに足りないから、原告が本件自動車の代車としてポルシェ九一一ターボを使用する必要性があったとまでは認めることができないものというべきである。そして、前示の原告の業務内容、本件事故前における原告の自動車の利用状況、本件自動車の修理期間などに照らすと、本件自動車の修理期間中の代車としては国産の高級車で足りたものというべきであり、成立に争いのない甲第二号証によると、原告は最初の一日四万五〇〇〇円、追加一日当たり三万六〇〇〇円の賃料で国産の相当程度の高級車を賃借することができたことが認められるから、原告が代車を使用したことによって被った損害のうち本件事故と相当因果関係があるのは、一三七万七〇〇〇円の限度にとどまるものというべきである。

三  以上の各事実によれば、本訴請求は、原告が被告に対し二七二万七七九〇円及びこれに対する本件訴状が被告に送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和六三年五月一四日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 原田 卓 裁判官 森木田邦裕)

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